ぽん吉の恋

平成29年11月09日(木)掲載

「あの…おらの…嫁っこになって欲しいだ」

 ある夜、ありったけの勇気を奮ったぽん吉がお鈴に打ち明けると、お鈴は、

「うん…」

 と小さく頷きました。

 ぽん吉は大喜びです。

「ありがとう。おら嬉しいだ。きっとおめえを大事にするだ。式はいつがいいべ?少しぐらいの貯えならあるだよ」

 と有頂天になった後で、自分がたぬきだということに気が付いたぽん吉は、谷底に突き落とされたように目の前が真っ暗になりました。

「おら、たぬきだった。人間の娘と一緒にはなれねえ」

 楽しい毎日の始まりになるはずだったその日を境に、ぽん吉のやりきれない毎日が始まりました。自分がたぬきであることをこれほど悔やんだことはありません。二人が一緒になるためには、ぽん吉が人間になるか、お鈴がたぬきになるしか方法がありません。そしてそのどちらもがこの世では叶わぬことなのです。

「いっそこのままこっそり峠に帰ってしまうべか」

 ぽん吉は思います。

 けれど、それではお鈴は一生懸命ぽん吉を探すことでしょう。そしてどうしても見つからないとなると、がっかりして死んでしまうかも知れません。

「やっぱり正直に自分がたぬきであるることを打ち明けた方がいいべか」

 いいえ、それではぽん吉がずっとお鈴をだましていたことになって、お鈴の心を傷つけてしまいます。

 ぽん吉はもうどうしていいかわかりませんでした。お鈴の顔を見る度に、ぽん吉は涙がこぼれるのを抑えることができませんでした。悲しくて、悲しくて、ぽん吉は死んでしまいたいほどでした。けれどいつまでもこうしてお鈴に隠している訳には行きません。ぽん吉はとうとう覚悟を決めました。

「聞いて欲しいことがあるだ」

 お鈴の前に両手をついて、何もかも話してしまおうとしたときです。

「峠で一緒に暮らそうよ、ぽん吉さん」

 お鈴の言葉にぽん吉は、腰が抜けるかと思うほどびっくりしました。

「おらの本当の名前をどうしておまえ…」

 何が何だか分からないぽん吉の目の前で、お鈴がくるりと宙返りをすると、それは何とぽん子ではありませんか。

「ぽん子?お、お前はぽん子なのかや!」

 あっけにとられているぽん吉の手を取って、ぽん子がやさしく言いました。

「ぽん吉さんがいなくなって、おらもぽん太郎じいさんの所へ相談に行っただよ。そしたらじいさま、ぽん吉は郷でつらい思いをするだろうから、おめえも人間に化けてふもとへ下りて、力になってやれと言ってくれただ」

 峠で一緒に暮らそうと、もう一度言われたぽん吉は、ぽん子を力一杯抱きしめました。

「よかった、よかった」

 二人とも涙でぐしょぐしょになりながら、いつまでもいつまでも離れようとはしませんでした。

 次の日、庄屋さまの屋敷から、村一番の働き者の姿が消えました。