分かり易い成年後見制度

平成27年12月07日(月)

未成年者の契約と親権者の取消権・同意権

 15歳の中学生が、遊ぶおカネが欲しくて、両親からの誕生日プレゼントである20万円もする高価なトランペットを、20歳の大学生に5万円で売ってしまいました。それを知った両親は大学生からトランペットを取り戻すことができるでしょうか?答えはYesですね。未成年者は大学生と売買契約を交わした訳ですが、親権者は子どもの交わした契約を取り消すことができるという民法の規定があるからです。しかも契約を取り消された学生はトランペットを返還しなければなりませんが、未成年者は手元に残っている金額だけを返せばいいのです。

 それでは、18歳の娘がスナックで働いていることを知った両親は、経営者に掛け合って娘を辞めさせることができるでしょうか?やはり答えはYesですね。ここでも親権者は、子どもの交わした契約を取り消すことができるという民法の規定が適用されます。この場合は未成年者がスナックの経営者と雇用契約を結んだことになります。労働基準法は15歳以上の未成年者が雇用契約を結ぶこと認めています。だから中学を卒業すれば就職することも可能になるわけですが、その契約は不都合だと親権者が考えれば取り消すことができるのです。そこで事業主は、未成年者と雇用契約を結ぶ場合、あらかじめ保証人という形で親権者の同意を取り付けて、契約の取り消しができないように防御するのです。あらかじめ親権者の同意があれば、未成年の法律行為は有効なものになります。これを親権者の同意権と言います。

 もっとも売買契約の場合は、相手が応じなければ裁判所による強制執行が可能ですが、雇用契約の場合は、未成年者自身に仕事を辞める意思がなければ、現状変更は現実的には困難でしょうね。


未成年者の判断能力は不十分

 民法はなぜ親権者にこんなにも未成年者の側に有利な取消権を与えたのでしょうか?

 一般に未成年者は生活経験が未熟で、物事を合理的かつ総合的に判断する能力が不十分であり、保護すべき存在と位置づけられているからです。契約内容の等価性、つまり一方的に不利益な内容になっていないかどうかを吟味するには一定の社会経験が必要です。また一時の感情に駆られて、みすみす不利益な行為をしてしまうのも未熟な未成年にありがちです。トランペットの持ち主の年齢をどんどん下げて行けば分かります。12歳だったらどうでしょう?10歳だったら?8歳だったらどうでしょう?そんな幼い子どもの楽器を20歳にもなった大学生が不当に安く購入すれば非難されるに決まっていますよね。

 人間の判断能力は個人によってばらばらですから、契約時の判断能力に応じて取消の対象とするかどうかを決めるのが本来なのでしょうが、子どもの能力を契約の都度、知能検査のような方法で測定しては、今回は有効、今回は取消対象と決めるのは事実上不可能です。そこで20歳に達するまでは一律に未成年として、親権者による取消権を認める仕組みにしたのです。従って理論上は、19歳と20歳の同級生の間でトランペットの売買契約が交わされた場合も、19歳の学生の親は理由の如何を問わず契約を一方的に取り消して、楽器なり代金なりを取り戻すことができるという一見不合理な事態も想定できるのです。


未成年者と契約するリスク

 逆に言えば、民法は、未成年者を相手に契約を交わす成年に対しては、後で親権者によって取消されてしまかも知れないという大変なリスクを与えていると言えるでしょう。まさか小学生と重要な契約を交わす成年はいないでしょうが、18歳や19歳ともなれは外見では成年と区別がつきません。相手の年齢をきちんと確認して契約しないと、後で親権者から取り消される可能性があることをわきまえる常識を、民法は成年に求めているのです。もちろん親権者だけでなく、未成年者自身が自分の行った契約を取り消すことも可能です。


追認権

 未成年者の中にはしっかりした判断のできる者もいるでしょうし、先ほどの例で言えば、「しようのない奴だ」と叱って、新しいトランペットを買い与える親もいることでしょう。そこで民法は、時効という考え方を適用して、契約の事実を知った親権者が、それを取り消さないまま5年が経てば、未成年者の交わした契約といえども有効となり、事実を知らないまま20年が経っても、これまた有効と扱うことにしています。いつまでも契約をいつ取り消されるか分からない不安定な状態にしておくことは好ましくないからですね。親権者の同意なしに未成年者と契約を交わして、取り消される不安を一刻も早く排除したい成年は、時効の成立を待つまでもなく、その契約について事後的に親権者の承認を得れば、親権者は取消し権を失います。未成年者がした契約を親権者が事後に承認して契約を有効にする行為を「追認」と言います。


代理権と利益相反

 親権者は未成年の子に代わって法律行為を行う権限も与えられています。例えば18歳の子どもの父親が多額の借金を残して死亡した場合、母親は妻として自分自身の相続を放棄すると共に、子どもを代理して親権者の名前で相続放棄の手続きをすることができます。それでは反対に、18歳の子どもの父親が多額の財産を残して死亡した場合、妻は自分の相続分を増やす目的で、親権者として子どもの相続放棄の代理手続きができるでしょうか?答えはNoですね。代理する人の利益が、代理される人の不利益に関係している場合、代理権は認められません。代理人と被代理人の利益が対立する関係を利益相反と言って、裁判所で親権者に代わって特別代理人を選任してもらうことになりますが、特別代理人は未成年者の利益を守る立場ですから、当然、相続放棄をすることはあり得ません。