分かり易い成年後見制度

平成27年12月07日(月)

監督

 後見人等の役割は、判断能力に問題がある人の財産を管理することが中心ですから、責任は重大です。他人の通帳や印鑑やキャッシュカードを預かって、自分の名前で現金化できるのですからね。利益相反に配慮して選任されているとは言っても、多額な財産を自由にできる権限が与えられれば、良からぬ考えに駆られる可能性も否定できません。通帳からいくら払いだそうと、本来の持ち主は通帳の残高も記憶していないのです。まれに弁護士などの専門職が、管理している財産を自分のために使い込んで事件になることがありますが、専門職ですら不祥事を起こすのですから、親族が選任されている場合の事情は推して知るべしでしょう。

 そこで裁判所は後見人等に対して裁判所自らが監督を行うか別に監督人をつけて、定期的に報告を求めたり調査を行って適正な管理の遂行を図っています。後見人等に選任されたら、領収書等の証拠書類を添付して出納を厳密に記帳する必要があります。親族後見の場合、これが窮屈なのです。グループホームに入居した母親の通帳とキャッシュカードを、身元引受人である一人息子が管理することになったと思って下さい。母親思いの息子は、片道一時間以上かかるグループホームに毎週夫婦で出かけ、母親の好物の寿司を一緒に食べて喜ばせているのですが、寿司店では三人分の料金を一括で支払って、これを母親の通帳から支出しています。母親も怪しまず、誰もとがめだてせず、息子夫婦に罪悪感はありません。ところが息子が後見人等に選任されたとたんに、不適切な支出になるのです。親子といえども別の人間の財産を、裁判所から付与された権限を使って自分のために使う行為は許されることではありません。通帳からは母親の寿司の代金だけを現金化し、領収書を添付して出納長に記載しなければなりません。息子夫婦の食事代は息子夫婦の家計から支出することになるのです。会計で、「済みません、一人分の領収書だけ下さい」と言う時に感じる煩わしく窮屈な感情が、不利益な契約の取消しや、不動産の売却や、定期貯金の現金化や、相続手続きなど、ぎりぎりの必要性に迫られない限り、成年後見制度の活用に踏み切れない現実があるのです。


報酬

 人が動けば経費がかかります。後見等の業務に要した経費については、預かっている財産から引き落として構いませんが、別に報酬は発生しないのでしょうか?弁護士や司法書士等の専門職が選任された場合、煩雑な後見等の業務を無報酬で行う訳には行きません。

 ところが被後見人等は多額の報酬が支払える財産状況とは限りません。そこで後見人等の報酬は後見人等が行った仕事の内容と、被後見人等の財産を勘案して、裁判所が事後的に金額を決定する仕組みになっています。結果的には財産状況が悪い対象の後見人等は専門職を選任することは困難な場合が発生するため、行政の委託を受けた成年後見センターや社会福祉協議会などが受け皿として機能したり、一定の報酬についての助成制度が設けられたりしているのです。もちろん報酬など目的としない親族後見が一定の役割を果たしていることは言うまでもありません。


後見制度を使わなければ…

 

 それでは保護を要する知的障害者や精神障害者や認知症高齢者が、後見制度を利用しな いまま不利益な取引行為を行った場合はどうなるでしょう。

 80歳の認知症の高齢者が訪問販売業者から30万円もする高価な羽毛布団を購入し、クーリングオフの期間を過ぎてしまってから、訪ねて来た息子が気付きました。未成年であればその売買契約を親権者が取り消すことができましたね。80歳の認知症高齢者の場合は誰がどうやって取り消すのでしょうか?例えば息子が、「父は認知症で、公正な売買契約を結ぶ能力はありません。布団と引き換えに30万円を返して下さい」という訴えを裁判所に起こすことができるでしょうか?答えはNoですね。民事訴訟法という法律で、提訴は直接の当事者、つまり訴えの利益のある者しかできないことになっているのです。そうでないと裁判所は、あの人可哀想だから契約を取消してやって下さいという近所の主婦の提訴まで取り上げなくてはなりません。

 この場合、訴えの利益のある者とは認知症の父親自身です。そして認知症の高齢者自身には通常、有効に訴訟する能力がありませんから、民事訴訟法は、成年後見人等による提訴を想定しています。成年後見人等は付与された代理権を行使して提訴し、父親の結んだ契約の無効を主張することになりますが、ここで注意しなければならないのは、布団を購入した時点で父親は被後見人等ではなかったということです。後見人等は、被後見人等の結んだ契約が取消権の対象になっていれば、契約そのものの無効を争うことなく取り消す権限がありますが、被後見人等でないときに行った契約については、取消権がありませんから、契約時点において父親には判断能力がなかったことを証明して契約の無効を主張するしかありません。そして契約の時点に遡って判断能力がないことを立証するのは容易なことではないのです。訴訟費用や弁護士費用は通常訴えた側の負担ですから、30万円を取り戻すために訴訟を行うことは現実的ではありません。そして訴訟を行わなければ、父親と訪問販売業者との契約は有効なものとして両者を拘束するのです。