わか捨て山
作成時期不明
(何という恐ろしいところだ…)
王様は思いました。連れて来られたのはとんでもない山の中です。しかも周りには痩せ衰えた若者の死体や骸骨があちこちに転がっているだけで、草一本生えてはいないのです。
「誰か、誰かおらぬのか」
王様の声は周りの山々に虚しくこだまします。
「ここはどこだ。私はなぜこのような目に合わねばならぬのだ」
王様は狂ったように歩き回りました。不安と怖ろしさでとてもじっとしてなどいられません。
「助けてくれ!誰かおらぬのか」
歩き疲れて喉が渇きますが、どうやらここには一滴の飲み水さえ見つかりそうにありません。
「このままでは三日と経たないうちに私は死んでしまうに違いない。ここは天国どころか、まるで地獄ではないか。助けてくれ、誰か返事をしてくれ!」
どれくらいの時間が経ったのでしょう。さんざん歩き回ったあげく、すっかりくたびれ果てた王様が、
「もうだめだ…」
と腰を下ろした時、岩陰からかすれたうめき声が聞こえたような気がします。
「誰だ!誰かいるのか!」
王様が駆け寄ると、そこには既に骨と皮だけになってしまった若者が虚ろな瞳を開けて座っていました。
「ま、まだ生きているんだな」
王様は思わずその若者の細い肩に手をかけると、
「さあ教えてくれ。ここはどこなのだ。そして私たちはどうしてこのようなひどい目に合わなくてはならないのだ」
若者の虚ろな目を覗きこむようにして尋ねました。若者は唇をかすかに動かして、聞き取れないくらいの小さな声で答えました。
「ここは若捨て山ですよ」
「若捨て山?」
「そう…。若捨て山です。この天国では年齢の若い者は国の発展のために若捨て山に捨てられるのです」
「なぜだ。誰がそのような馬鹿げたことを決めたのだ。年寄りを捨てるのならともかく、 若い者を捨てて国が発展などするものか。反対ではないか」
「いいえ、天国ではそれでよいのです。地上の人間たちは死ねば必ずこの天国へやってきます。やって来るのは十人のうち八人までが年寄りばかりです。つまり天国は年寄り中心の社会なのです。最近では天国も恐ろしいほど人口が増えました。しかし神様から頂いた天国の食料にも限りがあるため、このままいけば天国は食糧不足になってしまいます。そこで、たくさん食べる若い者は捨ててしまった方がよいと王様がお決めになりました」
「それはひどい、ひどすぎる。若い者にだって生きる権利はあるはずだ。一度死んでやってきた天国に、もう一度苦しい飢え死にが待っているなんて、私には我慢ができないぞ。ところで王は、この国の国王の年はいくつなのだ」
「もう随分とお年を召していらっしゃいますから、あの方は捨てられる心配はありません」
「おのれ、いつだってそうだ。上に立つ者は必ず自分だけは損をしないように世の中を動かしている。勝手なものだ。そうは思わぬか、おい、おい!」
言いながら王様は若者の肩から手を離しました。死んでいます。虚ろな瞳を開けて座ったままの格好で、たった今若者は息を引き取ったのです。王様は自分の髪の毛をかきむしりました。この悔しさをどう表してよいかわかりません。そしてこの悲しさを聞いてくれる者もいないのです。
王様は岩にもたれて静かに目を閉じました。体が泥のように疲れています。今日はもう眠った方がよいでしょう。そのときです。
「王様!」
「王様!」
という声が近づいて来るような気がします。
「あの声は…あの声は大臣ではないか!」
王様は立ち上がりました。
「ここだあ!私はここにいるぞお!」
王様は力の限り叫び続けてとうとう気を失ってしまいました。