たっちゃん
作成時期不明
「ねえ先生、例の中学生、今日も来てますよ」
「子どもたちが相手をしなくなってからは、いつも一人ぽっちでああして眺めているだけですけどね」
「親はいったいどうしているんでしょう?」
「何でも酒を飲んで乱暴する父親から身を隠すために母と子で点々と住所を移す暮らしをしているそうですが、詳しいことはわかりません」
「子どもたちに危害を加えさえしなければいいのですがね」
「無理やり追い返すわけにも行きませんしねえ…」
先生たちの心配をよそに子どもたちの元気な声が運動場を走り回ります。やがて真夏の太陽が西の空に傾く頃、あちこちからプーンとおいしそうなカレーの匂いが漂って来るのでした。
* * * * *
楽しい一日でした。できあがったカレーは、生煮えのにんじんや、大き過ぎてとてもひと口では食べられないじゃがいもが混じってはいましたが、これまで食べたどんなカレーより美味しい味がして、ナベはたちまち空っぽになりました。キャンプファイヤーの火が夜空を焦がすほど高く大きく燃え上がり、先生や子どもたちの顔を、昼間とはまるで別人の顔のように赤々と照らし出しました。赤い火柱を囲んで行われたクラス対抗のゲーム大会は、見ているだけのよしおくんまでが足の痛みを忘れてしまうほど愉快でしたし、男子生徒だけで行われた肝だめしでは、いつも弱い者いじめばかりしているガキ大将が、理科室の骸骨の前で泣き出したりして、みんな大喜びでした。やがて、キャンプファイヤーの火が消えて教室の布団に入っても、子どもたちのまぶたの裏には鮮やかなオレンジ色の炎が浮かんで来ます。
「さあ、静かに眠りなさい」
と先生に促されて、よしおくんも目を閉じました。疲れているのでしょう。しばらくすると、みんな睡眠薬でも服んだかのように次々と眠りに落ちました…が、ちょうどその頃、ファイヤーの炎から飛んだ火がちろちろとヘビの舌のように校舎の屋根裏を這っていることに誰一人気がついてはいなかったのです。
* * * * *
「火事だあ!火事だぞお!」
というけたたましい叫び声に子どもたちが目を覚ました時には、教室も廊下も大変な煙に包まれていました。
「明かりだ!明かりをつけろ!」
「だめだ、つかない!」
「早く、早く子どもたちを外へ!」
先生たちの声は子どもたちの悲鳴と泣き声にかき消されてしまいます。
「みんな落ち着いて!階段はこっちだ」
暗闇の中を煙で目を真っ赤にしながら、子どもたちは手探りで階段に向かいます。この暗闇が明るい炎に照らし出された時には、天井は落ち、火の手は教室に回り、子どもたちは完全に逃げ場を失うでしょう。そうなる前に、何としても全員を無事に運動場まで避難させなければなりません。先生たちは必死でした。サイレンの音があちこちから近づいて来ます。ようやく最初の消防車が到着した時、火は教室に燃え移り、窓から真っ赤な炎が噴き出しました。
「子どもたちは無事ですか!全員そろってますか!」
運動場の中央にようやく子どもたちを避難させ終えた先生たちは、
「大変です!よしおくんが、よしおくんがいません!」
という声に愕然としました。その時になって初めて先生たちはよしおくんの足が不自由だったことを思い出しました。
「ぼくが行きます!」
若い担任の先生がもう一度教室へ引き返そうとするのを
「先生!危険です。ここは我々にお任せ下さい」
消防士が止めました。乾ききった古い木造校舎は、まるで油でも滲みこませてあるかのように火の回りが早く、たとえ消防士といえども飛び込むのはためらわれる状態です。
「よしおを、よしおを助けて下さい!」
急を聞いてかけつけたよしおくんのお父さんとお母さんが、狂ったように泣き叫びます。子どもたちが震えながら、先生たちが祈りながら、そして次々と運動場に集まった大勢の人たちが息を殺して見守る中を、決死の覚悟の消防士が三人、銀色の服に身を包み、燃え盛る校舎に飛び込もうとした時、