エドワード夫人の散歩

作成時期不明

 夫人は自分の耳を疑いました。あれほどの大金を支払って手に入れたシェパードが負け犬であるはずがありません。しかし家のメイドたちまでが同じうわさをささやいていることを知ると、もう黙って聞き流しているわけにはいきませんでした。たとえ貧乏人のやっかみだとしても、悪いうわさは雑草と同じです。放っておけばどんどんはびこって手に負えなくなるでしょう。

「今日一日でそんなうわさは吹き飛ばしてやるわ!」

 エドワード夫人は決心しました。美容師に命じていつもより念入りに毛並みの手入れをさせました。宝石商を呼んで、ダイヤモンドをちりばめた豪華な首輪を作らせました。町に出たエドワード夫人の手には、いつものようにご自慢の銀の鎖が握られていましたが、その先につながれているのはシェパードの格好をした夫人の優越感であり、犬の皮をかぶった夫人の自尊心でした。

 町は大変な騒ぎになりました。

 歩いている人は立ち止まり、働いている人は仕事の手を休め、家庭の主婦は料理が焦げるのも構わず通りへ飛び出して、立派なシェパードの後姿をうっとりと見送りました。エドワード夫人は満足でした。街角を曲がると同じように犬を連れて散歩する中年の女性に出会いましたが、連れているのはどこにでもいるようなありふれた雑種犬です。夫人は勝ち誇ったように胸を張りました。ところがいったいどうしたというのでしょう。胸を張る夫人とは反対にシェパードの方は、耳を折り尻尾を巻き首をうなだれて、見るもみじめな格好ですれ違ってゆくではありませんか。

「!!」

 夫人は目の前が真っ暗になりました。銀の鎖を持つ手がぶるぶると震えて夫人の驚きと怒りを表していました。世界一素晴らしいはずの自慢のシェパードは、うわさ通りの負け犬だったのです。

 * * * * *

 次の日の朝、シェパードは金の首輪も銀の鎖も外されて、ただの野良犬になりました。代わって今度は、立てば子牛ほどもある大きなセントバーナードが豪華な犬小屋のあるじになりましたが、そのセントバーナードも一週間もたたないうちにお屋敷の門から放り出されてしまいました。それからいったい何匹の犬が飼われては追い払われたことでしょう。

「まさかあなたの店では私に臆病な犬ばかり売りつけているのではないでしょうね!」

 いつもの召し使いではなく、エドワード夫人からじきじき問い詰められてペットショップの店主は驚きました。

「とんでもありません奥様。何で私どもが奥様に臆病な犬を売りつけたり致しましょう。先日お求めになりましたあのボクサーなどは、勇敢なことにかけてはたとえライオンと戦ったとしても決して引けをとらないという折り紙つきの犬でございますし、その前にお求めになりましたコリーなどは、実際にオオカミを噛み殺したことのある強い犬でございます」

「いいえ、いい加減なことを言っては困ります。ライオンと戦っても引けをとらない犬がどうしてスピッツとすれ違う時に尻尾を巻くのですか!オオカミを噛み殺したほどの犬がどうしてチンとすれ違う時に首をうなだれるのですか!いいですか?私は誰にも負けない強い犬が欲しいのです。あなたの店に強い犬がいないというのなら、私は他の店を探します」