エドワード夫人の散歩

作成時期不明

「ち、ちょっと待って下さい奥様」

 ペットショップの店主はうろたえました。大切なお得意様を失ってはたまりません。そこで、

「実は取っておきの犬がございます」

 とばかり夫人を店の片隅の檻の前まで

 案内すると、中で岩のようにうずくまっている一匹のブルドッグを見せました。

「いかがでございます?これまでの犬と違って、顔を見ただけでもその強さが伝わって来るではありませんか」

 夫人はしばらく檻の中を覗き込んでいましたが、やがて満足そうに振り向くと、

「いいでしょう、早速連れて帰ります。ただし、もしもこの犬も負け犬だった場合には私は二度とあなたの店では犬を買いませんから、そのつもりでいて下さい」

 と言った後で、さも大切なことを思い出したようにこう付け加えました。

「あ、そうそうそれからこの辺りで一番有名な動物病院はどこですか?」

「動物病院…で、ございますか?」

 思いがけない質問に戸惑うペットショップの店主には、エドワード夫人がいったい何を考えているのか、まるで見当もつきませんでした。

 * * * * *

 見るからに健康そうな一匹のブルドッグを連れて突然訪ねて来た町一番の金持ち未亡人に、いきなり犬に勇気の出る薬を注射して欲しいと頼まれて、今度は動物病院のデイビット先生が戸惑いました。狂犬病の予防注射や病気を治すための注射なら毎日のように打っていますが、元気な犬にやみくもに勇気の出る薬を注射して欲しいと頼まれたのは初めてです。

「しかし奥様、この犬は十分強い犬のように私には見えるのですが…」

 とデイビット先生が言うと、

「強いということと勇気があるということとは別でしょう?」

 エドワード夫人は反論しました。

「私の飼う犬は、どういうわけかみんな強くてもいくじのない犬ばかりで、よその犬とすれ違う時には必ず尻尾を巻くのです。私のような暮らしをしておりますと、犬もやはり誰よりも強くて誰よりも勇敢な犬でなくてはなりません。気の弱い人間も、お酒の力で気持が大きくなるように、いくじのない犬が勇敢になる薬を是非注射して欲しいのです」

「しかし奥様、それは…」

「おカネならいくらでも支払う用意がございます」

「いえ、おカネの問題ではありません。私は奥様のお体のことを心配しているのです」

「何をおっしゃるのですか、薬は犬に注射するのでしょう?私の体は関係がないではありませんか」

「まあお聞きください奥様。お酒の力で気持が大きくなった人間が、相手構わず喧嘩をすることがあるように、薬の力で勇敢になった犬は、ひょっとすると飼い主である奥様に噛み付くかも知れないのです。医者として理由もなくそんな危険な注射をするわけにはいきません」

「ですから理由はさっきお話ししたではありませんか。私はどうしても強くて勇敢な犬を手に入れたいのです」

「それはあなたの側の理由でしょう?私が言っているのは犬の側の理由のことです」

「犬の側の理由?」