山寺の和尚さん

作成時期不明

「まりがほしい、まりがほしい」

 和尚さんはまるで子供のように、明けても暮れてもそのことばかりを考えるようになりました。


 和尚さんは今日もしかめっ面をして考えごとをしています。目を閉じると、長くて立派な眉毛がまぶたを覆い、ますますしかめっ面になりました。

(また、何か難しいことを考えていらっしゃる…)

 知らない人たちはそう思いましたが、和尚さんの頭の中は、まりのことで一杯でした。どう考えても人に見つからずにまりを手に入れる方法はありません。何かまりに代わるものでもと思うのですが、それが思いつかないのです。

 和尚さんはイライラしていました。

「ニャ~」

 と、あまえた声を出して、何も知らないタマがすり寄って来ます。きっとおなかが空いたのでしょう。そうでなくても暑くてたまらない和尚さんは、

「シッ!」

 とタマを払いのけました。

 ふいをつかれたタマは、部屋の端まで飛んで行きましたが、それを見た和尚さんの瞳がキラリと輝きました。

「はずんだ!確かにはずんだぞ!」

 思わず叫んだ和尚さんは、あわてて両手で口を押さえました。

 幸い辺りに人はいないようです。

 和尚さんは紙の袋を取り出すと、その中へ嫌がるタマを押し込んで、今度は小声で言いました。

「まりだ、まりだ、これでようやくまりができた」

 タマには何か何だか解りません。

「暗いよ~、ねえ、出してよ~」

 悲しそうなタマの声が聞こえないのでしょうか。

 和尚さんは袋の口を、紐でしっかりと結んでしまいました。


 誰もいない時を見はからっては、和尚さんの部屋で、おかしなおかしなまり蹴りが始まりました。

 ポンと蹴るとニャンと鳴く、世にも珍しいまりです。

 それがまたびっくりするくらいよくはずむのです。

 和尚さんの退屈はようやく久しぶりに解消されました。

 人に見つかってはならないということが、かえって面白さを倍にするようです。

 小坊主がお茶を運んで来る時間になると、袋の紐をほどいてタマを出し、和尚さんは何食わぬ顔で机に向かって難しい本を読みました。小坊主たちが部屋に入ると、タマは決まって部屋の隅で目を回してのびているのですが、気がつく者はありません。

「ご苦労じゃった。わしが呼ぶまで本堂の掃除でもしていなさい」

 小坊主を追い払った和尚さんは、すぐにまた、まりを蹴り始めます。タマの目は、ぐるぐる回りっぱなしで一日が終わりました。

 蹴る度にニャンと鳴き声を出していた和尚さんのけまりが、いくら蹴ってもうんともすんとも言わなくなったのは、それから三日目の夕暮れのことでした。

「?」

 袋の紐をほどいてやると、いつもならヨタヨタと外へ出て来るタマが、今日はピクリとも動きません。

「どうしたんだろう?」

 和尚さんはタマを袋から引っ張り出して、座布団の上に寝かせてやりました。

 タマは目を閉じたままぐったりとしています。

(死んでしまったんだろうか…)

 和尚さんは心配しましたが、まだ息はあるようです。

(可哀そうなことをした…)

 和尚さんは自分のしたことが、どれくらいひどいことだったのかということに、その時ようやく気がつきました。もともとは心のやさしい和尚さんです。気がつくと、今度は、タマが可哀そうでたまらなくなりました。ただ、まり蹴りをしたいために、何も知らないタマを無理矢理袋に詰めて、三日三晩、暇さえあれば蹴とばし続けたのです。さぞ痛かったことでしょう。さぞ悔しかったことでしょう。

(済まぬことをした。済まぬことをした)