山寺の和尚さん
作成時期不明
すると、それを察したのか、和尚さんは一言も弁解しようとはせず、意外なほど明るい声でこう言ったのです。
「わしは、たった今、ようやく寺を出る決心がついたよ」
そしてさっき買った大きな魚をぶら下げると、何ごともなかったかのように、スタスタとお山に上って行きました。
おいしそうにタマが魚を食べています。
和尚さんは荷造りをしていました。
寺は蜂の巣をつついたような騒ぎですが、和尚さんは平気な顔です。不思議なほど寺の生活に未練はありませんでした。暑くてもきちんと法衣を着ていなければならず、鼻歌を唄うこともお酒を飲むこともできず、まり蹴りすら隠れてしなければならない生活などもうこりごりです。
(寺を出るんだ。偉くもなく、立派でもない、ただの坊主に戻るんだ)
荷造りをしながら和尚さんの心は晴れ晴れとしていました。
(なぜもっと早くこうしなかったのだろうか…)
和尚さんはこれでようやく本当の自分の生活が始まったような気がしていたのです。明日からは苦しくなります。おカネもありません。住む家だってこれから探します。それでも何もかもうそっぱちの寺の生活よりはましなはずです。和尚さんが寺を出るのを止めようとする声もありましたが、和尚さんの決心は変わりませんでした。
月が出ています。
明日もきっと良い天気になることでしょう。
和尚さんは振り向こうともせずに、山を下りて行きました。
その後を魚の骨をくわえたタマが、
「ニャ~」
と追いかけて行きます。
「何も言い訳をなさらなかったけど、魚は和尚さんが食べていたんじゃない。ネコが食べたんだ!」
見送る人たちはようやくそのことに気が付きましたが、その時には既に和尚さんとタマの姿は、お寺の土塀を曲がって、見えなくなっていたのでした。
終