山寺の和尚さん
作成時期不明
「まさか、そんなはずはない」
と初めは誰も信じようとはしませんでした。
「ふもとの魚屋から聞いたのだから、間違いない」
という者や、
「そういえば、和尚さんの部屋は、最近、生臭い」
という者がいて、噂はどんどん広がって行きました。
「これは放ってもおけぬ…」
という訳で、寺の主だった者たちが集まって相談をし、まず魚屋に確かめてみることになりました。
ただの噂であってくれればいいのだが…という期待は、しかし、見事に裏切られてしまいました。魚屋の話しによると、毎晩、店を閉めてから魚を買いに来るほっかむりの男というのは、背格好といい声の調子といい、和尚さんそっくりなのです。それに何よりも、ほっかむりから覗いている長くて立派な眉毛の様子は、聞けば聞くほど和尚さんそのものではありませんか。
「一体どうしたものだろう…」
みんな困ってしまいました。もしもそれが本当なら、そんな人を住職にしておく訳にはいきません。あれこれ考えたあげく、その夜から魚屋の店をみんなで見張ることになりました。
そんなこととは夢にも知らぬ和尚さんは、陽が落ちて、あたりに人影がなくなると、そわそわとほっかむりを始めます。
「ニャ~」
今では見違えるほど元気になったタマに見送られて、和尚さんは寺を抜け出しました。山を下りて、二つ目の角を曲がった三軒目の家が魚屋です。今日はどんな魚が手に入るでしょうか。
「タマの体も、もう少しで元通りだ。今夜もきっと喜ぶぞ…」
急ぎ足の和尚さんの長い眉毛をなでて、そよ風が通り過ぎて行きました。
ヒタヒタヒタ…ヒタヒタヒタ…。
足音が近づいて来ます。
「シッ!来たぞ!」
見張りの一人が言いました。
みんな、それが和尚さんだとはどうしても思えません。
暑くても部屋を閉め切って修行をなさる偉い和尚さんではありませんか。部屋に入ると、いつでも難しい本を読んでいらっしゃる立派な和尚さんではありませんか。ほっかむりをして、こっそりと魚を買いに来るなんて、信じられる話ではありません。
「誰かのいたずらに違いない」
みんなそう思っていました。
「つかまえて和尚さんの疑いを晴らしてやろう」
と意気込んでさえいたのです。
ドンドンドン
「もし…」
ドンドンドン
「もし…」
ほっかむりの男が雨戸を叩きます。
「はいはい、ただ今」
魚屋のあるじが雨戸を開けて、いつものように魚を手渡した時、見張りの者がわっと飛び掛りました。
みんなして寄ってたかって押さえつけ、ほっかむりをはがして見ると、ああ、何ということでしょう。出て来たのはまぎれもなく山寺の和尚さんの顔ではありませんか。
「…」
しばらくは誰も口を利く者はありませんでした。
(これにはきっと訳があるのだ)
と思いたいのですが、
(言い訳など聞きたくもない)
という腹立たしい気持ちが頭をもたげます。