哀しみのお姫様
平成29年12月25日(月)掲載
木枯らしの吹く寒い日だというのに、駅前の小さなおもちゃ屋さんのショーウィンドウを、今日もまた一人の女の子が食い入るように見つめていました。女の子の名前はかおりちゃんといい、見つめられているのは、それはそれは美しい外国のお姫様の人形でした。
「きれいだなあ…」
かおりちゃんのつぶやきがガラスの上で白い曇りになりました。機械を使って一度にたくさん作られるこの頃の人形とは違って、髪の毛一本に至るまで、ていねいに手で作られたその人形には、作った人の真心が込められていました。着ているドレスは全部本物の絹でできていましたし、瞳の色も唇の形も、お店のどの人形よりも魅力的でした。
「君はいいなあ…」
と、いつもうらやましがるのは一緒に飾られている大きなクマのぬいぐるみです。
「ぼくも一生に一度でいいから君のようにきれいなドレスを身に着けてみたいもんだよ。それにそのネックレスもイヤリングも、いつ見ても本当に素敵だね。キラキラとまるでお星さまみたいに輝いている。それに比べてこのぼくは、頭のてっぺんから足の先までほら、タドンみたいに真っ黒けだよ。何てつまらないんだろう。ああ、ぼくは心から君がうらやましい」
「あら、あなたはあなたで、私にはない魅力があるわ。むくむくの黒い体は、夜抱いて寝たらさぞかし温かいだろうと思うし、第一、一緒にいるだけで何だか頼もしい気がするわ。それに私のドレス、これでなかなか大変なのよ。本当のお姫様と違って私はたった一枚の着替えさえ持ってはいない貧乏姫でしょ。このドレスが着たきりスズメの一張羅。汚さないように、しわにならないように、それはもう気を遣って疲れてしまうんだから…」
「君はきれいなだけでなくて、心までやさしいんだね。いつだってそうやってぼくを慰めてくれる。でもね、ぼくが本当にうらやましいのは。君のドレスやネックレスじゃなくて、実はあの子の瞳なんだよ。ほら、いつもウィンドウの外からうっとりと君のこと見つめてる。君は愛されているんだよ。それがぼくにはとてもうらやましいんだ」
君は愛されているんだよ…。君は愛されているんだよ…。
人形はそのときのクマのぬいぐるみが言った言葉を思い出していました。かおりちゃんはウィンドウに顔をくっつけるようにして、まだじっと人形を見つめています。
私は愛されている…。
人形は、そっと心の中でつぶやいて見ました。するとどうでしょう。真冬だというのに体中が何だかポカポカと温かくなったような気がします。愛という言葉には魔法の力でもあるのでしょうか。人形はそのとき、今までに味わったことのないくらい幸福な気持ちに包まれていたのです。
「かおりちゃんと一緒に暮らしたい…」
人形はいつからかそう思うようになりました。そして、そう思うのは人形の方もかおりちゃんのことを好きになったせいだということにまだ気がついてはいませんでした。