哀しみのお姫様
平成29年12月25日(月)掲載
「うわあ!素敵なお人形!パパありがとう」
人形を抱き上げてルミちゃんは大喜びでした。
「よかった、気に入ってもらえたんだわ!」
人形が安心したのもつかの間でした。
「お姉ちゃん、ぼくにも見せてよ」
ミチルくんが人形の手足を引っ張りました。
「ダメよ、これは私のプレゼントよ。あんたに見せるといつだってすぐに壊しちゃうじゃないの」
ルミちゃんも負けずに引っ張り返します。
「今度は壊さないって約束するよ、ね?だから見せてよ、お姉ちゃん」
「いやよ、絶対にいや!」
「見せてよ、意地悪!」
「だめよ、だめだってば」
人形は思わず目を閉じました。両方から力任せに引っ張られて、人形の細い手足は今にもちぎれそうです。
「ルミちゃん、ミチルくん、お願い、引っ張らないで。痛い、痛いわ!手足がちぎれてしまうわ」
人形の叫び声は痛みのあまり声になりません。
「二人ともいい加減になさい!」
お母さんが見かねて止めに入ったときにはもう遅すぎました。プツン、プツン、と糸が切れて、人形の右手と左足は胴体からちぎれてしまっていたのです。
可哀想な人形はその日、おもちゃ箱の中でつらい夜を迎えなくてはなりませんでした。ちぎれた手足を抱いて、人形は泣いていました。泣いても泣いても次から次に新しい悲しみが湧いてきて、それが全部大きな涙になりました。
「そんなに泣かないでよ、おもちゃ箱の中が君の涙で水浸しになってしまう」
キューピーさんが言いました。
「だって鳴かずにはいられないわ。大切な私の手足が、ほら、こんなになってしまったの。どうしてこんなひどい目に遭うの?私が何か悪いことでもしたって言うの?ああ、もうだめだわ。私はもう終わりだわ」
「気持ちは分かるけど、元気を出すのよ、お姫様。つらいのはあなただけじゃないわ」
フランス人形が言いました。
「私の顔を見てごらんなさい。ぺちゃんこでしょ?ミチルくんに踏んづけられたのよ。最初の頃は悔しくて、私もあなたのように泣き暮らしたものだわ。でも、あきらめたの。悲しむだけ自分の損だということに気が付いたのよ」
「そう。ここにいる仲間の中で満足な形の者はただの一人だっていやしない。ウサギさんの耳はちぎれてるし、イヌくんのあごは外れてる。そういうぼくの頭だって、ちょっと触れてみてごらんよ、ほら、ひどくへこんでるだろ?みんなお払い箱になったおもちゃばかりなんだよ。泣いて元に戻るのなら、ぼくだって一年中大声で泣き続けてやるよ」
キューピーさんは淋しい笑顔を浮かべて言いました。
お払い箱という言葉は人形の胸に突き刺さりました。このまま捨てられてしまうのだとしたら、いったい何のためにこの世に生まれて来たのか分かりません。
「私はいやよ」
人形は思いました。
「こんなところで捨てられるのをじっと待っている訳にはいかないわ」
ちぎれた手足を抱いたまま、人形は考えました。次の晩も次の晩も一生懸命考え抜いたあげく、
「かおりちゃんの家へ行こう」
人形は決心しました。
三丁目の角を曲がった青い屋根の家…。それがかおりちゃんの家だと、いつかおもちゃ屋さんで聞いたことがありました。あのやさしいかおりちゃんなら、手足のちぎれた人形でもきっと温かく迎えてくれるに違いありません。人形がこっそりとおもちぉゃ箱を抜け出したのは、冷たいみぞれまじりの雨が降る淋しい夜のことでした。