哀しみのお姫様

平成29年12月25日(月)掲載

「ただいま!」

 学校から帰ったかおりちゃんは、ランドセルを放り出すが早いか、脇目もふらず机の上の牛乳瓶を手に取りました。一円玉、五円玉、十円玉、百円玉、そして五百円玉…。貯金箱代わりの牛乳瓶に色々な種類のおカネがひしめき合っています。今日もらったお小遣いを加えれば、あの素敵なお姫様の人形が買えるはずでした。

「かおり、えり巻をして行きなさい!風邪を引きますよ」

 というお母さんの声も、駆け出したかおりちゃんに追いつくことはできませんでした。

「お人形が買える、とうとうお人形が買える」

 おもちゃ屋さんを目指して走るかおりちゃんのポケットで、ジャラジャラとたくさんの小銭たちが嬉しそうな音を立てました。三か月もの長い間、こつこつと根気よく貯めた大切なおカネでした。毎晩眠る前には必ず取り出して数えていたかおりちゃんの全財産でした。今さら数えなくてもいくらあるかはちゃんと分かっていました。

「お人形の名前はやっぱりメアリーに決めたわ…。エミリーもいいけど何だか子どもっぽくてだめ。それよりもメアリーをお部屋のいったいどこに置こうかしら。いたずらネコのミーが蹴飛ばすようなところじゃ危ないし、そうだ、明日からはメアリーを入れるガラスのケースを買うための貯金を始めることにするわ。あ、そうそう、それよりも素敵な王子様のお人形を見つける方が先ね。お姫様もいつまでも一人じゃ可哀想」

 かおりちゃんの夢はどんどんふくらんで行きます。その夢を追いかけるように、かおりちゃんは走りました。でも、八百屋さんを過ぎ、床屋さんを通り越し、ケーキ屋さんの角を曲がって、ようやく目指すおもちゃ屋さんにたどり着いたとき、ああ、いったい何が起こったというのでしょう。ショーウィンドウにはお姫様の姿だけが見当たらないではありませんか。

「お姫様は?お姫様の人形はどうしたの?」

 かおりちゃんは、まるで谷底にでも突き落とされたような気持ちで聞きました。

「悪かったね、かおりちゃん。あの人形、ついさっき男の人が娘さんの誕生日にって買って行ってしまったんだよ。断れなくてね」

 というお店のおじさんの気の毒そうな声も、悲しみのあまり半分しか耳に入りません。こんなことってあるのでしょうか。この日が来るのを三か月も、そう…三か月もの長い間じっと待っていたのです。ちらちらと雪が降りだしました。とぼとぼと歩くかおりちゃんのポケットで、たくさんの小銭たちが今度はゆううつな音を立てました。かおりちゃんは泣いていました。涙は頬を伝ううちに、そのまま氷になってしまうのではないかと思われるくらい寒い寒い冬の夕暮れでした。