おかるの恩返し

平成30年01月25日(木)掲載

 ツルの恩返しという話を知っていますか?傷ついたツルが、助けてくれたじいさまとばあさまのところへ娘の姿になって現れて、自分の羽根で美しいはたを織り、恩返しをするという有名な話です。カラスはじいさまとばあさまに助けられたと知ったとき、すぐにこの話を思い出しました。そして、来る日も来る日も親切にしてもらっているうちに、自分も同じように恩返しをしたいと思うようになりました。カラスが今、胸に抱いている素敵な計画というのは、実はじいさまとばあさまに、ツルと同じ方法で恩返しをすることだったのです。だからカラスにとって今日は決して悲しい別れの日ではありませんでした。それどころか、素敵な計画を実行する記念すべき最初の日だったのです。カラスは今、森に向かって羽ばたきながら、あれこれと想像を巡らしています。美しい娘の姿になって訪ねて行けば、子供のいないじいさまとばあさまは、どんなにか嬉しがることでしょう。織ったはたを手に取って、二人とも涙を流して喜ぶかも知れません。カラスの顔に思わず微笑みが浮かんだとしてもそれは無理もないことだったのです。


「おばんです」「おばんです」

 真夜中だというのに、ドンドンと戸を叩く音が聞こえます。

「誰だべ?こんな夜更けに」

「女の人の声ですよ」

 じいさまとばあさまが眠気まなこをこすりこすり戸を開けると、そこには若い娘が立っています。それがカラスでした。

「おらは行くところがねえですだ。ここで暮らさせてもらえねべかと思って…」

 娘はそう言うと、ぴょこんと頭を下げましたが、くるくるとよく動く瞳が愛くるしいほかは、色は黒く、背は低く、決して美しい娘ではありません。けれど醜いカラスにとっては、それが精一杯美しく化けた姿だったのです。

「かわいそうに…。きっと何か深い事情があるに違いねえ」

 優しいじいさまとばあさまは、何も聞かずに娘を中へ入れてやりました。

「おら、おかると言いますだ。これから先は本当の娘だと思って、何でも言い付けてくだせえまし」

 こうしてカラスは計画通り、今度は人間の娘として、じいさまとばあさまの傍で暮らすことになったのです。


 おかるはよく働きました。けれど何をやらせても、どこか間が抜けていました。料理を作らせればひどい味でした。掃除をさせれば、ものをひっくり返しました。そのくせどういう訳かしきりにはたを織りたがるのです。

「じいさま、ばあさま、今日こそおらにはたを織らせてもらえねべか」

 おかるは朝起きると決まってそう言いますが、じいさまとばあさまの家には機織り機がありません。それを説明すると、おかるは愛くるしい瞳に涙をうるませて、とても悲しそうな顔をするのですが、次の朝になると、もう昨日のことなど忘れてしまい、

「今日こそおらにはたを織らせてもらえねべか」

 真剣な顔で頼むのです。

「じいさま、おかるはあんなにはたを織りたがるだよ。何とかあの娘の願いを叶えてやることはできねべか」

 ある日、ばあさまがそう言うと、

「おらも同じこと考えてただよ」

 じいさまが答えました。

 二人ともおかるの悲しそうな顔を見るのはやり切れません。色が黒くて、背が低くて、何をやらせても間が抜けている変な娘でしたが、一生懸命二人の役に立とうとしているおかるのことを、じいさまもばあさまも可愛くてたまらなかったのです。

「よし、おらが何とかしてみるべ。貯えを全部はたけば、使い古しの機織り機ぐらい買えねえこたあねえ」

 じいさまはそう言うと、その夜わずかな貯えを残らずかき集め、こっそり町へ出かけて行きました。