おかるの恩返し
平成30年01月25日(木)掲載
「じ、じいさまあ!ばあさまあ!大変だ、ちょっと来てみれ、早く来てみれてば!」
次の日の朝は、一番鶏の代わりに、けたたましいおかるの叫び声で夜が明けました。
「機織り機だ、機織り機があるだよ。こりゃ、おらの気持ちが神様に通じたに違いねえ。おら、とうとうはたが織れるだよ」
おかるが寝ているうちに、そっと部屋に運び込まれた機織り機を見つけて、何も知らないおかるは飛んだり跳ねたり、それはもう大変な喜びようです。
「ほんに、ほんに、良かっただなあ、おかる」
じいさまもばあさまも顔を見合わせて、心から嬉しそうでした。
「今日は家の仕事はばあさまに任せて、お前は心行くまではたを織るがええだ」
じいさまがそう言うと、
「そうだとも、そうするべ」
ばあさまもにこにこと笑いながらうなずきました。
するとおかるは何を思ったのか突然きちんと正座をし、
「二人とも黙ってここに座ってけれ」
ひどく真面目な顔で言いました。
「なんだ、おかる、急に改まって…」
「ええから座ってけれ。ちょっくら話があるだよ」
おかるは真剣です。
「じいさま、ばあさま、おら、いよいよはたを織りますだ」
「そんなこたあ分かってるだよ」
「黙って聞いて欲しいだよ、じいさま。ここからが大事なとこですだ。ええだか?じいさま、ばあさま、二人ともどんなことがあっても、おらのはたを織る姿だけは絶対に覗いてはなんねえだよ」
「?」
二人はおかるの言う意味が分かりません。
「そりゃあ、おめえが覗くなと言うんなら、おらたちゃ決して覗いたりはしねえつもりだけんど、それにしてもいったいどうして…」
理由を訪ねようとするじいさまに、
「訳は聞かねえで欲しいだ。んなら、約束しただよ。絶対に覗かねって、たった今、約束しただよ」
念を押すようにおかるは言うと、じいさまとばあさまに部屋から出てもらい、早速機織り機に向かってせっせとはたを織り始めるのでした。
ああ、この日をどんなに待ちこがれたことでしょう。カラスは自分の羽根を抜いては、一生懸命はたを織りながら、まるで美しいツルにでもなった様な気分です。こうして負ったはたで、立派に恩返しをし、やがて正体が分かって哀しい別れがやって来る。それは考えただけでも、ぞくぞくと背筋が寒くなるくらい感動的な話ではありませんか。ツルにできたことがカラスにできないはずはありません。カラスはその日、少しも休むことなくはたを織り続けました。とんとんからり、とんとんからり…織って織って織り続け、やがて夕闇が迫る頃、ようやく一枚織り上げたカラスは、出来上がった織物を見て驚きました。何と、真っ黒ではありませんか。それまでは、はたを織ることばかりに夢中になっていて気が付きませんでしたが、醜いカラスの羽根で織り上げた織物は、やはりうす汚い黒い色をしているのです。これではとても使い物にはなりません。カラスは目の前が真っ暗になりました。何もかもツルと同じようにしたつもりだというのに、醜いカラスには恩返しをすることさえも許されないというのでしょうか。カラスは絶望のどん底でこれまでのことを思い返していました。そう言えばカラスはどんなに美しい娘になろうとしても、ちびで色黒の、みっともない娘にしかなれませんでした。じいさまとばあさまに喜んでもらおうと一生懸命努力して来たことも、結局は迷惑をかけただけのような気がします。そして、美しいはたさえ織れば…と最後の望みをかけて織り上げた織物は、うす汚い黒い色をしているのです。カラスは声を殺して泣きました。惨めで、情けなくて、自分がカラスであることを呪いました。
「ああ、ツルになりたい。ツルになって真っ白なはたを織りたい」
カラスの悔しさは熱い涙のつぶになってあとからあとからあふれて止まりませんでした。