おかるの恩返し

平成30年01月25日(木)掲載

「おかる!晩飯だよ、食べねえと体こわすよ」

「…」

「おかる?」

「…」

「しようのない娘だべ、まったく。はた織りに夢中になって、おらの声も聞こえねえだ。ちょっくら見て来るだ」

「ま、待つだよ。ばあさま」

「?」

「呼びに行くのは構わねえけんど、おかるがはたを織っていたら、中を覗いちゃなんねえぞ。約束だからな」

「分かってるだよ、じいさま。分かってるだよ」

 ばあさまは、おかるの部屋の前まで来ると、

「おかる?飯だよ、おかる?」

 何度も声をかけてみるのですが、中からは何の返事もありません。

「おかる?」

 何だか胸騒ぎがしたばあさまは、そっと障子を開けたとたん、思わず、あ!と息を飲みました。

 機織り機の傍に一羽のみすぼらしいカラスが倒れています。

 そしてその機織り機には、うす汚い黒い織物が織り上がっているではありませんか。

 カラスの瞳からは美しい涙がこぼれ落ちて、すっかり床を濡らしています。きっとよほど悲しいことがあったために、泣き疲れて眠ってしまったのに違いありません。

「お、か、る…」

 しばらく考えていたばあさまは、

「そうか、そうだったのか…」

 ようやく事情が飲みこめました。

「可哀想なおかる。カラスのくせにツルの真似して、おらたちに恩返しをする気だっただよ」

 ばあさまがじいさまにそう言うと、じいさまは何度も何度もうなずきながら、目を真っ赤にしています。恩返しをしようとしたカラスの気持ちが嬉しいだけでなく、それがしたくてもできなかったカラスの悲しみを考えると、可哀想で可哀想で、とても泣かずにはいられないのです。

「さぞつらかったべな、おかる」

「ああ、目を覚まさねえうちに、これ以上おかるを悲しませない方法を思いつかねば…」

 じいさまもばあさまも頭を抱えて考え込みました。そしてようやく一つの妙案を思いついたのです。


 次の日から、おかるの織る汚らしい織物は、朝になると真っ白な美しい織物に変わっていました。おかるは得意そうでした。来る日も来る日も、

「おらが織っただよ」

 目を輝かせておかるが差し出す美しい織物を、

「これは見事な出来栄えだ」

 じいさまもばあさまも嬉しそうに受け取りました。おかるの望んでいた恩返しの日々は、こうして望み通り順調に続いて行くかのように見えました。ところが、

「おかる、ちょっくら留守番を頼むでや」

 それは、じいさまとばあさまが用事で町へ出かけたほんの少しの間の出来事でした。

「どれ、いい天気だで、一つじいさまとばあさまの布団でも干してやるべか」

 そう言いながら、からりと押入れを開けたおかるは、そのとたん、太い棒で力いっぱい頭をなぐられたような衝撃を受けました。押入れの隅に、まるで隠すようにして、汚らしい織物が積んであります。それは確かにおかるが毎夜自分の羽根で織り上げた黒いみっともない織物だったのです。

「まさか…まさか、そんな」

 おかるは谷底に突き落とされたような気持ちです。朝になると白い織物に変わっていたのは神様の力ではなくて、じいさまとばあさまが夜のうちにこっそりとすり替えてくれていたのです。ああ、何という優しい人たちなのでしょう。それに比べて自分は何と役立たずの間抜けなカラスなのでしょう。これではまるで恩返しどころか迷惑をかけるためにここに住んでいるようなものではありませんか。おかるは泣きました。泣いて涙でぐしゃぐしゃになりながら、

「もうこれ以上ここで暮らす訳にはいかない…」

 血を吐くような思いで決心したのです。