成年後見制度と人権

8.同意権と代理権

 そこで成年後見制度が登場します。

 成年後見制度とは、簡単に言えば、一定の人の申立てに基づいて、家庭裁判所が、判断能力の衰えた人に「代わって」判断を補う権限を、それに「相応しい」特定の人物や「法人」に与える制度です。

 カッコをつけた部分は後述します。一定の人というのは、本人を含めた4親等以内の親族か市町村長です。4親等といえば、ひ孫のさらにその先や、ひいじじばばのさらにその上まで含まれますから、実際にはいとこや、きょうだいの孫あたりまでを想像すればていいでしょう。市町村長にも申立てを認めた点には特別の意義がありますが、これもまた後述します。

 権限を与えられると、与えられた人又は法人は、補う能力の程度によって、軽い順に「補助人」「保佐人」「後見人」のどれかの名前で呼ばれますが、煩雑ですからここではひとまとめにして「後見人等」と呼ぶことにしましょう。では後見人等はどういう方法で本人の判断能力の不足を補うのでしょうか。

 まず後見人等には「同意権」といって、本人が行う契約について、裁判所の認めた範囲で同意を与える権限が付与されます。借財、保証、不動産の売買など重要な契約はもちろんですが、例えば五万円以上の売買契約について同意権が付与されると、本人は五万円以上の買い物をしようとするときは、後見人等の同意を得なければなりません。現実にはあらかじめ同意を得た上で買い物をするような能力を持ち合わせていないのが通常ですから、購入した事実を後見人等が知った後、それが本人にとって不利益、不必要なものであれば、後見人等は「取消権」を発動して無条件で取り消すことができるのです。とは言っても日常の買い物は同意事項の範囲から除外されますし、購入した物が五万円を超えていても、必要な物であれば追認して取り消さなければいいのですから、本人の生活はそれほど窮屈ではありません。前述したお年寄りの場合、床下の耐震工事が発見された時点で成年後見制度を利用していれば、4組の羽毛布団の購入に限らず、それから先のあらゆる不都合な契約は、「取消権」に基づいて無条件に取り消すことができるわけです。取り消される相手方も、争えば負けることが法的に明らかですから、たいていは取り消しに応じます。

 また後見人等には「代理権」といって、裁判所の認めた事項について、本人に代わって契約を行う権限が与えられます。再び前述したお年寄りを例に取れば、息子は父親を施設に入所させようと決意しましたが、施設に入所するためには入所の契約をしなければなりません。ところが本人には契約能力がありません。しかし入所するのは本人ですから、息子が代わって契約するわけには行きません。現実には息子が父親の名前で署名捺印して契約を行う例が横行していますが、法的に言えば無効です。どんな理由があろうと、権限のない人が別人の名前で契約を結ぶことは許されません。そんなことを許したら社会を動かしている基本的ルールが壊れてしまいます。本人に契約能力がない場合、代わって契約を行うことができるのは裁判所から代理権を付与された後見人等以外にはないのです。もっとも本来無効であるはずの契約も、無効を訴える者がなければ国家は関与しませんから、無効な状態のまま社会的に機能しているというのが現状です。しかし施設も含めた「おおやけ」が、無効な契約を黙認して制度を運用している状態は正常な姿とはいえません。

 代理権を付与された後見人等であれば、本来、本人にしか認められない預貯金の払い出しも、入院手続きも、代理人の資格で行うことが可能ですから、後見人等は必要な範囲で裁判所から与えられる同意権、取消権、代理権を適宜駆使しながら、本人の財産を管理したり、本人に代わって必要な契約を行ったりして、判断能力の不十分な本人の意思決定を支援するのです。広範な代理権を持つという意味では、本人から委任を受けて有償で代理を行う団体と重なる部分がありますが、例えば本人の判断能力の衰えが比較的軽く、委任契約を結ぶ能力がある場合を想定しても、見ず知らずの他人に金庫も鍵も預けてしまうような危険性を伴う委任代理に比べ、法定代理である後見人等は、裁判所によって選任され、同意権、代理権の範囲も必要に応じて裁判所から与えられ、裁判所の厳正な監督下に置かれるという意味で、格段に安全であると言わなくてはなりません。


9.代弁機能と利益相反

 さてここからはカッコをつけた部分の説明です。判断能力の衰えた人に「代わって」ということは、その人の立場に立って考えるということです。例えば福祉の関係者であれば施設に入所させるべきだと考える場合でも、本人が家で暮らしたいと望む場合には、後見人等はあくまでも本人の代理として極力本人の希望に沿った判断をしなければなりません。

 判断を「補う」という点も重要です。制度は判断能力の程度を軽いものから順に、補助、保佐、後見の三つの類型に分けて、程度に応じた支援をする設計になっていることは既に書きました。例えば、日常生活に関する行為以外は生活全般にわたって同意権や代理権が付与される「後見」と違って、少し程度の軽い「保佐」の場合には、代理権の設定には本人の同意が必要です。本人がした誤った契約は取り消せるようにしておくものの、契約を保佐人に任せるについては、ちゃんと本人に承知していてもらおうというわけですね。最も軽い「補助」になると、申立てそのものにも本人の同意が必要です。

「また印鑑が見つからないのですか?大事なものだからって、どこかにしまいこんだのですね?まあ年だから物忘れは仕方がないですが、本当になくなると困りますから、大事なものだけはちゃんとした人に管理してもらったらどうでしょう?」

「そうだねえ…お願いしようかねえ」

 補助の場合には例えばこんな具合に本人の意思に基づいて申立てをするのです。

 後見人等に「相応しい」人物や法人という意味は、何よりも本人と利害が対立しないということでしょう。例のお年寄りの場合、甥に委任代理を任せた結果、叔父の預貯金を着服してしまいましたが、裁判所が監督をしているとはいえ、例えば多額の借金のある人を後見人等に選任すれば、後見人の名前と印鑑で合法的に本人の預貯金が下ろせるのですから物騒でなりません。同様に福祉施設の施設長を入所者の後見人等に選任すれば、施設長は本人の預貯金を施設の運営に流用する恐れがあるでしょう。そこで制度は裁判所に対して、後見人等の選任に当たっては、本人と利害が対立しないかどうか慎重に吟味をするよう求めているのです。本人と利害が対立することを「利益相反」と言いますが、地域福祉の拠点として長い歴史を持つ社会福祉協議会が、後見人等を引き受けようとする時,必ず立ちはだかる困難が、利益相反のハードルです。たいていの社会福祉協議会は福祉サービスの提供者でもあるのです。もちろん利益相反はなくても、特定の人を後見人等に選任することによって、関係者の間に深刻な確執が生じるような人選も避けなければなりません。