日本の劣化

令和5年12月26日

「とにかく、何だかんだ言って、環境さえ整えば、結婚する若者は増えると思いますよ。それが生き物としての生理なのですからね。少子化の原因は若者の不安定就労と低所得だということは誰もが分かっているのに、政府はそこを改めようとしないで、子育て支援とか言って、生まれた子供に多額の予算を使っては、効果が出ないと嘆いている。手を打たなきゃならないのは子供が生まれる前の段階だというのが分からないのですかねえ…歯がゆいです」

「分かっていても、一旦導入した非正規雇用を改めるのは至難の業なのでしょう。景気の動向によって雇用も解雇も自由度の高い非正規雇用は、企業にとっては都合がいいですからねえ」

「…ということは、構造改革と称して非正規雇用や派遣労働の範囲を広げた小泉内閣のときに、この国は大きく現在の方向へ舵を切ったということですね?」

「聖域なき構造改革、官から民へ、中央から地方へ、自民党をぶっ潰す、がキーワードでしたね」

「夢のような改革が始まるかと思ったら、このありさまです」

「しかし非正規雇用を今さら改めるなんて言ったら経済団体から猛反発ですよ。企業にとって人件費は最大の経費ですからね」

「結局、国民の生活より企業優先の国家ということですか」

「いえ、企業が利益を上げないと、国民の所得が増えないのも事実ですよ。国家は富を生みません。稼ぐのは企業です。そしてグローバル経済ですから、国際競争に負ければ大手でも簡単に潰れてしまう時代です」

「そう言えばシャープも東芝もありませんよね」

「悩ましいですが、これからは正規だ非正規だなんて中途半端な身分制度を廃止して、全員が年俸制の方向に向かって行くのでしょう」

 今まで一度も発言しなかった大学の教員風の男が低い声でつぶやくように言った。

「全員が非正規ということですか?」

「全員ですから正規も非正規もありません。みんな能力や実績や貢献度に応じて年俸という形で評価を受けるのです」

「個人の能力で勝負となれば文句は言えませんね」

「わが国は人材だけが資源ですからね。本来そうあるべきだったのです」

「能力による所得の差なら納得できますかねえ」

「でも、そうなると、私のように取り柄のない者は最低の収入で甘んじなくてはならなくなる。それはそれでつらいですよ」

「能力は教育が開発しますから、本当に能力主義の社会にするつもりなら、誰もにいつでも平等に教育の機会が与えられなければなりません」

「年齢を問わずふんだんに教育の機会が与えられたとしても、開花する能力もあれば、花なんか開かない人もいます。つまり能力給というのは究極の格差社会でもある訳ですが、国民が所得で大きく分断されるのは好ましくありません。だったら最低賃金を上げて底辺の生活レベルを上げればよさそうなものですが、それでは中小零細企業が持ちませんから、どうしてもベイシックインカムのような所得分配の議論が必要になりますね」

「難しくてよく分かりませんが、何しろ、所得倍増とか、日本列島改造とか、郵政民営化とか、国家がどういうビジョンで、どこへ向かっているのかを政治が分かり易く示してくれないと国民には不安と不満が溜まります」

「どんなに不安と不満が溜まっても、この国は暴動は起きないし、選挙結果も変わらない。それを政治家はよく知っています。我々だってこの酒場でぼやくのがせいぜいですからね。結局、この国の原型は、海に囲まれた農業国家です。しかも常に文明は海の外からやって来ます。どんなに時代が移ろうと、我々は過剰に周囲を気にして生きる忖度民族なのです。自分で考えて行動する習慣はありませんよ」

「不安や不満が溜まるとこの国の選挙民はデモや暴動には向かわず、政治に失望してみんな投票に行かなくなるんです。そうなると、現在利益を得ている人たちの組織票で結果が決まる」