専門職の条件

平成27年06月26日(金)

 自分がそんな薬を飲まされているのも知らずに、母は私の傍らを体を前のめりにして小さな歩幅で歩いています。急がないと明日の朝にはまた十五ミリ、母の体内に薬が入ります…と、そのとき、母が歩道のわずかな段差につまずきました。前傾姿勢の母は、手をつくゆとりもなく、顔面から倒れこむところでしたが、危うく抱きとめた私は、母の体の小ささにたじろぎました。力を入れれば簡単に折れてしまいそうな肩の骨は、母が縮んで行く…という実感になって私の腕に残りました。転倒して打ち所が悪ければ生命に関わります。薬の副作用によるふらつきや浮腫が転倒の遠因であるとすれば、母は薬に殺されたことになるではありませんか。ホームに帰り着くまでにもう一度、ホームの玄関でさらにもう一度、母は短時間の歩行で三度、体のバランスを崩しました。

 転ばないように注意するんだよと言う私たちに、

「足は丈夫やで転んだことはない」

 それよりもお前たちこそ運転を気をつけて帰れよと、自分が三度も転倒しそうになったことを覚えてない母は、いつものように玄関先まで見送ってくれました。


 メマリーOD錠に関する情報はインターネットにたくさんありましたが、

『中等度及び高度アルツハイマー型認知症における認知症状の進行抑制薬』

 という記述だけでは余りに抽象的で、実際にどんな病態の患者に適用になるのかが判然としないので、さらに検索を続けると、

『脳内の過剰な興奮性の神経を保護することでアルツハイマー様症状を改善する薬。暴言、暴行、介護抵抗、錯乱などの異常行動が見られるアルツハイマーの重度患者は適応』

 という記述がありました。どのレベルの患者に処方するかは医師によって様々でしょうから、現実にはどんな使われ方をしているかについて、高齢者施設に勤務する複数の友人に問い合わせてみました。

「うちの施設ではメマリーが出ている利用者は四人だよ。それも副作用があればすぐに止めてもらってる」

「メマリーは暴れたり興奮したりする人にしか出さないよ。介護者が大変というより、興奮している本人を楽にしてあげるのが目的だからね」

 どうやらアルツハイマーだからといって一様に投与される訳ではなさそうです。だとしたら母にはメマリーを投与すべきどんな症状があったのでしょう。

 脳に作用する薬であるだけに、副作用は多彩でした。まれに見られる重篤な症状として、けいれん、失神、意識消失、激越、幻覚、錯乱などを紹介したあと、すぐに処方医に連絡すべき一般的な副作用として、めまい、頭痛、傾眠、不眠、徘徊、不穏、易怒性、不安、歩行障害、不随意運動、活動性低下、鎮静、頻尿、尿失禁、便秘、食欲不振、吐きけ、嘔吐、下痢、便失禁、転倒、浮腫、体重減少、倦怠感、発熱が記載してありました。

 歩行障害と転倒と浮腫と食欲不振のほかに、会う度に違和感として感じていた母の人格変容は、活動性が低下した結果ではないでしょうか。先月はホームの職員から母の失禁を指摘されて、尿取りパットの購入について了解を求められましたが、副作用として頻尿と歩行障害があれば、失禁するのは当然ではありませんか。

 これだけ情報が揃えば、メマリー服用の中止を申し入れるには十分です。