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  • 更新日 2012年7月5日
  • 報恩寺ほうおんじ
    報恩寺
    宗 派 天台宗

    報恩寺(藤橋山正覚院)今寺(現・今寺1丁目)にあり、本造ンは阿弥陀如来である。調布市深大寺の末で、市内唯一の天台の古刹である。 弘仁13年(822)延歴寺の僧亮海の開創と伝える。元亨2年(1322)承祐の代、平清綱により再興され、殿鐘寄進の記録がある。天正年間(1573~1591)に藤橋城主、平山越前守重吉二より再々興。古くは東暁山と称したが、以後藤橋山と改め、また四院三坊がこのころ建立されたという。華蔵院、延命院、常楽院、泉蔵院、安養坊、常泉坊、大蔵坊がこれである。文禄5年(慶長元年・1596)法印実舜ほういんじっしゅんの代、上成木の木崎縫之助、塩野出雲守らの助力により諸堂の整備、修造が行われたことが、棟札に残っている。天正19年(1591)寺領十石の朱印状が寄せられた。

    寛政9年(1797)火災にかかり、文化元年(1804)良円が再建したのが現在の堂宇である。境内に地蔵堂があり、延命地蔵が安置してあるが、これは永正9年(1512)三田氏宗とその子政定、顕昌により寄進された旨が体内に記され、また「頼むぞよ長く命を延ぶるてふ仏の御名を身にしたくへて 政定」の短冊が収めてあり、堂像ともに市有形文化財に指定されている。この地蔵堂は昭和47年に解体復元工事が行われ、旧観に復した。歴代住僧の境内墓所には数々の青石塔婆があり、うち貞和2年(1346)師承祐のため隆承が造立したものと、延文2年(1357)隆承の供養に弟子たちが造立した2基は制作も優れ、ともに市有形文化財の指定を受けている。寺域一円も市の史跡になっている。【青梅市史より】

    山 号 藤橋山正覚院
    創 建 弘仁13年(822)
    開 山 僧亮海
    本 尊 阿弥陀如来
    文 化 財 青石塔婆
    地蔵堂ほか
    住 所 青梅市藤橋
    電 話 0428-
    駐 車 場 有り
    base base base
    報恩寺 報恩寺 報恩寺
    地蔵堂
    市指定有形文化財
    報恩寺本堂 青石塔婆
    市指定有形文化財
    報恩寺 報恩寺 報恩寺

    一口メモ

    ・寺院山門の仁王様や狛犬の一方が口を開き、他方が口を閉じているのは、なぜ!!

    ・阿吽(あうん)という言葉をよく聞きますが。「阿吽の呼吸とか」阿吽とは、梵語で「阿吽の阿」は口を開いて発する音声で字音の初め、「阿吽の吽」は口を閉じる時の音声で字音の終わりで、万物の初めと終わりを象徴しています。

    (広辞苑より)
    報恩寺 報恩寺 報恩寺
    報恩寺七福神
    本堂裏に有ります。
    布袋ほてい
    円満運
    (夫婦・家族・職場)
    福禄寿ふくろくじゅ
    幸運
    (厄除開運)
    報恩寺 報恩寺 報恩寺
    寿老人じゅろうじん
    健康運
    (病気平癒)
    弁財天べんざいてん
    恋愛運
    (良縁成就)
    毘沙門天びしゃもんてん
    勝負運
    (必勝祈願)
    報恩寺 報恩寺
    大黒天だいこくてん
    金銭運
    (財宝招来)
    恵比寿えびす
    事業運
    (商売繁盛)
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