多死社会考

平成29年02月27日(月)

 この文章を書くに当たって、改めてあの時の中学生の発言を思い出してぎょっとしました。たわいもない子供の発想だと聞き流した発言は、この20数年の間に、国家によって、ことごとく実行に移されているではありませんか。

 医療以外の分野から先に挙げれば、定年は延長されて、一定の収入がある人の年金は減額されています。もはや働く外国人は珍しくなくなって、やがて介護現場でもフィリピンの女性を目にするようになるでしょう。女性の労働を妨げる介護と育児が社会化され、介護休暇、育児休業が充実し、男女雇用機会均等法だ、男女共同参画だ、子育て支援だ、待機児童ゼロだと、女性の就労支援施策が話題にならない日はありません。一方では被扶養者としての優遇税制の廃止が検討されています。中学生が働ける人として挙げた、高齢者、外国人、主婦は、全て労働力として既に活用されているのです。カネ儲けをすればという提案は、新幹線や原発だけでなく、とうとう武器まで輸出の対象にして首相自らセールスにでかけています。

 医療分野で言えば、かつて無料だった高齢者の医療費の自己負担は一割、二割、三割…と増え、療養病床に入院する高齢者については、食費と居住費が自己負担になって、医療を受けようとする高齢者にとっては、費用面でのハードルが格段に高くなりました。年寄りは治療しない、入院させない、という中学生のアイデアは、こういう形で国家によって着実に実行に移されているのです。介護療養型医療施設を始め、老人保健施設、療養病床、引いては民間の寝たきり老人アパートに至るまで、ちょっと目を凝らせば、年寄りばかり集めて最低限の治療をする施設は至る所に存在します。そしていよいよ、年寄りは殺すという中学生の発言が、高齢者の看取り問題として浮上しているのです。あの時の中学生も、一定の年齢に達した高齢者は無条件で殺したらどうだと提案した訳ではありません。治る見込みのない終末期の医療に費用をかけるよりは、苦痛なく最期を迎えさせることを考えたらどうかと提案していたのだとすれば、費用のかかる病院での死亡を減らして、自宅等での死亡割合を倍に引き上げようという国家の目標と完全に一致しているとは思いませんか?

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