青梅駅より西へ15分ほど歩くと、青梅の地名の由来である「将門誓いの梅」(都天然記念物)がある金剛寺にたどりつきます。金剛寺は青梅山無量壽院と号し、真言宗豊山派の名刹で、承平年間(931~938)の創建。平将門が開基と伝えられ、寛空僧正を開山とし、本尊は白不動明王(掛軸・鎌倉時代)です。創建当時は、将門の持佛阿弥陀如来を本尊としていたため無量壽院と号しています。
平将門が討滅され、その後三百余年もの間、無住となりますが、元亨年間(1321~24)に頼遍上人により再興。天正、永禄のころ、小田原後北条氏の帰依をうけ寺運が栄えました。天正18年(1590)朱印地20石を寄せられ文化年間(1804~18)までに寺観は整えられましたが、天保2年(1831)、表門と鐘楼、弁天堂を残し焼失。現本堂は明治17年(1884)の建立です。
表門(山門)は、僧正門と呼ばれており、建築当時は朱色に塗られていたようで俗に赤門ともいわれます。建造年代については確かな史料がなく、寛文期(1661~73)以前17世紀中期ごろの建立と推測されます。構造および形式は、一間一戸四脚門、切妻造り、瓦棒銅板葺きで唐様です。本柱、控柱とも円柱粽付(397㎜・197㎜)で礎盤上に建っていて、小規模な門ですが虹梁板蟇股の妻飾、木鼻、拳鼻など細部に多種の趣向が凝らされていて、都下でも有数の四脚門の遺構です。屋根および礎盤などは改変されていますが、細部は桃山時代の様式をよく伝えています。
明治初年ごろに街道の変更がなされ、これにつれ表門は現在地に東向きに移されました。昭和36年1月31日都有形文化財に指定されています。
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