遺跡の発掘調査を行うと、立木を伐るために利用したとされる磨製石斧が時々発見されます。
およその形に石を割り、細かく敲いて形を整え、磨くことにより刃先の切れ味を一層高め、美的感覚をも兼ね備えています。
今回は、斧の機能を生かした後に再利用を行った石器と、石斧としての存在を装飾品や祭祀具などの扱いに近付けた磨製石斧を紹介します。
●大型磨製石斧
写真左は、畑中3丁目にある笹原遺跡(縄文時代中期・5千年〜4千年前)で、昭和41年に採集された磨製石斧です。長さ18㎝、最大幅7㎝、厚さ4㎝、重さ840gで、石質は緑色岩という、市内では産出しない岩石で作られています。
横から見ると、全体のなだらかさに比べ、先端の砥ぎ方が急に下がる部分があります。これは、刃毀れなどの砥ぎ直し部分と思われ、その後、砥ぎ直しも限界となり、二次的に利用されたものと推測します。
現存する刃の厚さは約2㎝で、物を潰したり敲いたりした道具と思われ、刃先はやや斜めに傾いていることから、ある一定の持ち方や装着方法で継続的に使用していたものと思われます。
大型磨製石斧は市内での出土例はまれで、最終利用を敲き石に転用した痕跡は、再利用文化を語る大変貴重な石器です。
●小型磨製石斧
縄文時代の後期(4千年〜3千年前)になると、装飾品的な小さな磨製石斧も作られます。
写真右は畑中2丁目にある橋上遺跡で昭和43年に採集された小型磨製石斧です。石質は蛇紋岩で、長さ5㎝、最大幅2.6㎝、厚さ9㎜、重さ25gの大きさです。均整のとれた形は、左右対称の作りと側面の流線形に象徴され、極上の研磨面には傷もほとんどなく、市内の遺跡では他に例を見ません。
大変精巧で、美意識にも長け、磨製石斧という道具から派生した、ある種の宝物ともいえます。
縄文時代の住居に作られた囲炉裏の火囲には、壊れた土器が時々利用されます。また、磨石は胡桃
前記の石斧は、伐るという機能から敲くという機能に転用され、縄文時代にはすでに再利用文化は存在したということを私たちに教えてくれる重要な文化遺産の一つとなっています。
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