新潟県内の戊辰戦争史跡・資料館

Boshin War historic spot and Museum in Niigata Prefecture













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※1868(明治元)年9月12日に、総督府は「賊の遺体をきちんと葬り、残虐の行いを為すことを禁ずる」という命令を出した。それまで同盟軍戦死者は、打ち捨てられ、朽ちるままにされていた。また遺体を冒涜するような行為がなされ、一部では敵兵戦死者の人肉を食べる行為がなされていたという。特に会津藩兵士に対しては目を覆いたくなるような状態であった。幕末までは、降伏した者に対して捕虜という概念が薄く、捕らえられると即刻斬首がなされた。その遺体に対しても丁重な扱いがなされることはなかった。特に薩摩藩兵の中には、古来から敵の生き胆を食らうことで、己の勇猛を鼓舞していたという話が伝わる。
命令では「討ち取った賊の死体の腹を屠り、肉を刻み、残酷の振る舞い、或いはそのような内容が聞こえてきている。もっての外のことで、賊といえども皇国の人民である。これ等の粗暴な処置がなされないよう、兵隊の末端まで申し渡すよう沙汰するものである」とある。命令が出されたのは、大勢が決した後で、遅きに失していた。