掲載日 平成26年8月15日 |
遺跡は小曾木五丁目で、岩蔵温泉郷の西側にそびえる、舌状の台地上に位置しています。台地は 昭和40年、教育委員会が地元の有志の協力を得て発掘調査を行った結果、三軒の住居跡を確認し、縄文時代中期の土器などを採取しました。 現在、見学できるのは、北西端に位置する第3号住居跡のみです。住居跡の西側半分は崩落していますが、かつては長径が約4mの竪穴式住居であったと推定されます。竪穴の壁高は約40cmで、四つの柱穴があるところから、八本の柱を持つ家屋で、入口は南東側にあったようです。床面には楕円形の石に囲まれた炉跡も確認されました。南東端の第1号と、北東端の第2号の住居跡も、長径は約4mで、炉跡も確認されています。三軒の住居跡が台地の中央を囲むように配置していることから、円形集落と考えられます。 発掘された土器は、縄文時代中期(今から約4千年から3千5百年前まで)の 遺跡の発掘が行われるより前、島田敬三氏によって、遺跡からヒスイ製の 岩蔵遺跡から出土したヒスイについては、「青梅市文化財ニュース・171号」に詳しく解説してあります。 問い合わせ 郷土博物館電話23-6859 | |
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市文化財保護指導員 角田清美 | ||
ヒスイ製の大珠 | ||