ここは北陸、 若狭国。 日本海に面した小浜というところに長者の家があった。 ある日のこと、 長者は海に出て釣り糸をたれていた。
しばらくすると、 糸の先にすごい当たりが伝わってきた。
「おっ、 こりゃ大物だぞ!」 長者はいきおいこんで竿を上げた。 すると、 なんとも奇妙な魚がかかっていた。
大きさは、 赤ん坊ほどもあり、 頭はまるで人間のよう。 うっすらと黒髪まではえている。 だが胴体は魚であった。 長者は、 あまりの気味悪さに針をはずすのももどかしく、 その魚を浜辺に捨てて帰ってしまった。
そこを通りかかったひとりの漁師。 この奇妙な魚を見つけた。
「おや? 珍しい魚がいるもんだ。 長いこと海へ出ているが、 こんな魚は初めてだ。 どれ、 少し焼いて食ってみるかな」 漁師は、 魚の肉を少し切りとると、 アワビの貝ガラに入れて漁師小屋へ持って帰った。
肉は、 雪のようにまっ白で、 こんにゃくのようにぷよぷよしている。
たき火をかき立て、焼こうとした時だった。
「じい、 今日は、 なにが釣れた?」 小屋の戸を押して入ってきたのは、 長者の娘だった。 まだ7歳のそれは愛くるしい少女である。 娘は、 この漁師を 「じい、 じい」 といって、 毎日のように遊びにきていた。
「今日は、 まだ何も釣れねぇ。 変な魚の肉をとってきただけじゃ」
「あっ、 そ、 それは・・・・・・」
漁師がとめるまもあらばこそ、 娘は、 ペロペロと白い肉を食べてしまった。
「じい、 うまかったぞ。 こんなうまい魚食べたの初めてじゃ」 娘は、 桃色のほっぺたにえくぼを見せて笑っていた。
じつは、 この奇妙な魚が人魚だったのだそうだ。 そのため、 この娘は、 800歳の長寿を保ち、 八百比丘尼といわれた。 120歳のとき出家し全国を遊行した。
塩船観音寺は、 この八百比丘尼が、 大化年間(645~650) に開山したものだという。