「お前、先に行けよ」
「何いうだ。言い出しっぺのお前が先に行くのがあたりめぇだんべ」
真っ暗な山道で、そんなひそひそ声がする。
ここは、御嶽神社から奥の院へ向かう参道である。
この先に、大きな杉の木があって、その下枝は巨人が腕をのばしてぎゅっと曲げたようなかっこうになっている。
村人が、いくらまっすぐにしようと、あてぎをしても、なわで 引っぱっても朝いってみると、またもとのように曲がっている。
「こりゃ、何か魔物のしわざにちげえねぇ」 ということになって、二人がみとどけにきたというわけだ。 夜は、しんしんとふけていく。
やがて、おそい月がのぼり、あたりがさっと明るくなった。
と、山の上の方でザワザワと怪しい物音。それと同時に、大きな鳥のようなものがひらり、ひらり、・・・・・。
月明かりにすかしてみた二人は、びっくりぎょうてん。
なんと、顔の真っ赤な鼻の高い天狗が、羽うちわをかざしながら飛んでくるではないか。 天狗たちは、神社の方へ飛んでいったり、山ノ下のほうへいったり、どうも山をみてまわっている様子だ。そのうち、天狗のひとりが例の大杉のところへもどってくると、曲がった枝にひょいと腰をかけた。 天狗は、月をながめながら、ゆうゆうとひと休みしている。
「みたかよ、相棒。 ありゃ、天狗様の休み場所だっただよ。 天狗様は、毎夜、ああやって、山のみまわりをしてくださってただなぁ。」
「ど、どうぞ天狗様、ごゆっくりお休みなすって!」 二人は、山道をはいつくばって天狗を拝んでいた。
推定樹齢350年のこの大杉は、今も参道のわきにそびえている。