旧二ツ塚峠の頂(イタダキ)に、小さな二つの塚がある。
桜の木の根元にあって、今も花や水が供えられている。
むかし、この山のふもとに母と幼い娘が住んでいた。
母親は病気で、だんだん悪くなるばかりだった。 母親は、自分の死の近いことをさとった。
ある日、見舞いにきてくれた近所の人に、母親はこんなことをいった。
「わしは、もうすぐ死ぬ。 今までわしは、他人のために何も役に立つことをしないできてしまった。 お願いだよ、この峠の頂に、わたしを息のあるうちに埋めてくれないかね。」 近所の人は、びっくり。
「あにいうだよ。 もうすこしたてば、きっとよくなるだよ。」
「気休めなんかいわねえでくれろ。 わしにはわかってるだよ。 わしを埋めてくれれば、死んでから、かならずこの峠の安全を守ってやるだよ。 なあ、たのむよ。」
母親は、こういいはってきかなかった。
すると、それをきいていた幼い娘が「母ちゃんが行くなら、わたしもいっしょに」と泣きだした。
しかたなく村人たちは、大きなカゴに母子をいっしょに入れて埋めてやることにした。
村人たちは、カゴを峠の頂に埋めて、二つの塚をつくって弔ってやったということである。 桜の幹に、こんな歌を書きつけた木札がさがっていた。
古の峠の道は変われども
塚となりてぞ今に残れる