むかし、御岳山には狼がいた。
「カヤ一本千匹かくれる」と、土地の人はいう。 これは、狼はりこうですばしこく、カヤ一本でも身をかくせる。 どんなところにかくれているかわからないので、山で「狼なんぞいるものか」などと悪口をいうものではない。 狼は、どこかでそれを聞いていて襲いかかってくるといわれた。
また、狼は、人が山道を歩いているとついてくることがある。 そういうとき、石につまずいてころんだりすると襲いかかるので、ころばないように気をつけ、わらじのひもが切れても結びなおさないで、ふつうの足どりで歩いて帰れ、といわれていた。
沢井の中風呂に、釣り好きの三吉さんという人が住んでいた。
ある初秋、三吉さんは、御岳の一の鳥居の下の川原ですくい網をしていた。
夕方になったので、 ハヤなどを入れたびくを腰に下げて、川辺の道を帰ってきた。
しばらくすると、ヒタ、ヒタとだれかがうしろからついてくる足音がする。 ふりかえったがだれもいない。
「だれか、いるのかい?」
声をかけても返事もない。
「さては、これが噂にきいた送り狼かもしれねえ。」
三吉さんは、そう思うと同時にぞぞっと寒気(さむけ)がしてきた。(そうだ、狼はタバコがきらいだ、と だれかがいってたっけ。)
三吉さんは、さっそくキセルをだしてタバコを吸いはじめた。
すると、足音はぴたりとやんだ。
「やれやれ、行っちまったようだな。」
三吉さんは、ほっとした。
ところが、タバコがなくなってしばらくすると、またヒタヒタ・・・・。
三吉さんは、またあわててタバコに火をつけた。 何度もそうやってタバコを吸いながら、やっと家にたどりついたということである。