Ome navi
Aoume
  • 更新日 2011年10月20日
  • 天狗の書いた文字てんぐのかいたもじ

    風のつよい晩のことである。 二俣尾の海禅寺の天江東岳和尚(てんこうとうがくおしょう)は、 庫裡(くり)で般若湯(はんにゃとう)(酒のこと)をちびりちびり楽しんでいた。

    すると、ひとりの男が訪ねてきた。 鼻が高く目のぎょろりとした大男だった。 大男は、あがりがまちにどっかと腰をおろしていった。

    「和尚、和尚は、このあたりで随一の知恵者だと聞いた。 一手、問答を願いたいが、いかがじゃな。」

    「よかろう。 ちょうどたいくつしておったところでな。」

    「もし、わしが勝ったら、そのときは、和尚の命をいただきますが、よろしいかな?」

    「ああ、いいとも。 そのかわり、わしが勝ったらなんとする。」

    「一筆書いて進ぜよう。 わしの書は、世にも珍しいものじゃ。」

    「ははう、それはたのしみ。」

    「では、和尚は、出家の身でありながら、般若湯と称して酒など飲むとは、こはいかに?」

    「されば、虫除けじゃ。 わが腹中には、けがらわしき虫が一匹住んでおる。 よって、般若湯で毎晩清めておるのじゃ。 アッハッハ・・・・・。」

    「ううむ。 されば、外は風が強いが、風の正体とは、いかに?」

    「われに同じ。 いっときは大樹をゆらせども、死してあとは無じゃ。」

    「ううむ。」

    「では、わしからひとつ。 この世にただひとつしかないもの、それはいかに。」

    「ううむ、ううむ・・・・・。」

    男は、どうしても答えることができなかった。

    そして、和尚の前に両手をついてしまった。 (あなたには、わかるかな?)

    「わしの負けだ。 では、筆と紙をお貸し願いたい。」

    和尚は、筆と紙をさしだした。

    男は「雪 覆 芦 花」(せっぷくろか)と大きく四文字を書くやいなや、パッと身をひるがえして出て行ってしまった。

    和尚は、男の書いた文字を読みかえしてみた。 なんとも奇妙な書体で、人間が書いたものとは思えなっか。

    その男は、天狗ではなっかたかといわれ、海禅寺には、その書が残されていた。