桜の花びらを乗せた春風が、 小さな寺の庭を吹きぬけていった。
男衆が10人ばかり、 寺の庭を掃き清め忙しそうに立ち働いている。 今日は、 年1回のお祭りの日なのだ。 竹ぼうきを持ったひとりの男衆がつぶやいた。
「お祭りの余興をやるのに、 ちょっとばかりお地蔵さまがじゃまだなあ」 せまい庭の左手にお地蔵さまが立っておられる。
「お地蔵さま、 すまねえけど、 ちっとどいててくだせえよ。 よっこらしょ」 男衆は、お地蔵さまを抱えて池のそばへもっていった。 やがて、 少し広くなった庭にムシロが敷かれ、 飲めや歌えの大さわぎがはじまった。
男衆も女衆も、 にこにこわいわい。
さて、 その夜、 いいきげんで家に帰った男衆、 ふとんに入ってまもなく 「うーん、 うーん」 と苦しそうにうめきだした。
「お前さん、 どうしただよ」 おかみさんが顔にさわると、 火のような熱だ。
「ああ、 く、 くるしい。 すまねえ、 かんべんしてくだせえ・・・・・」 男衆は、 ひと晩中苦しみ、 うわ言をいい続けた。
次の日、 おかみさんは、 近所の人にわけを話した。
「そうか、 そりゃ、 お地蔵さまが腹を立てられたにちげえねえ」 そこで、 さっそくお地蔵さまをもとのところにもどし、 みんなでわびると、 男衆の熱は、 けろりと下がってしまった。
この腹立ち地蔵は、 忠堂院の庭にある。 桜の木の真下に立っておられて、 4月に桜が咲くと、 お地蔵さまと桜は、 美しい一幅の絵になる。
人間界のほこりにまみれる毎日のお地蔵さま。 この時ばかりは、 紫雲に乗って天上界へ帰った心地がされているのかもしれない。