沢井三丁目の中風呂に湧水を引いた堀がある。 近所の人は、これを飲み水にしたり、野菜や鍋釜を洗うのに使っている。
ある晩おそく、平蔵じいさんがここを通りかかった。
すると、堀のほうで、ザク、サクという音がする。
「いまじぶん、だれだんべ。」
平蔵じいさんは、ふしぎに思って闇をすかして見た。 ひとりの女が、あずきをといでいた。 しかも、女は悲しそうにすすりあげながら、手を動かしている。
うすきみ悪くなったじいさんは、足音をしのばせて逃げ帰った。
翌朝、平蔵じいさんは、おそるおそる堀をのぞきに行った。
女はいなかったが、堀に塵(チリ)や野菜くずがいっぱいつかえて汚れていた。
「そうか、ゆうべの女は、堀の神さまだったのかもしれねえ。 ここを汚されて、泣いていたのか。」
平蔵じいさんは、そう気がついた。 さっそく、ごみをとりきれいに掃除(ソウジ)をした。
その話をすると、だれも堀を汚す人はいなくなったそうである。