「ちっきしょう! どうしておれは、 こうついてねえだんべ。 あの賭けさえ当たってりゃ、 遊んで暮らせるほど金が入ったのによう!」
むかし、 ひとりの男が顔を真っ赤にしながら山道をくだってきた。 見れば、ふんどしひとつの素っ裸。 山の上でひらかれているバクチ場で、あり金残らずすってしまったのだ。
「ヘヘヘ、 ヘックション! ちぇっ、 もうけたのは風邪だけかい。 まったくいまいましい! ううむ、 どうにも腹の虫がおさまらねえな」 くやしまぎれに石ころをけとばしてみても、コツンと音がするばかり。
ふとみると、 道の向こうに洞窟があって小さな祠がまつってある。 祠の中から2寸ばかりの観音様が静かな微笑をうかべてのぞいていた。
「やい、 おかしいか。 ぶざまなおれが、 そんなにおかしいのかよ!」 男には、 観音様のほほえみまで、 しゃくの種。
「なんだ、 こんなもの。 こうしてくれるわ!」 男は、いきなり祠から観音様をつかみ出した。 そして、 近くを流れる沢の中へ、 チャポン!
観音様は、 小さな水音をたてて沈んでしまった。
それから、 どのくらいたった時だろう。 ここは、 荒川の下流。 もう江戸湾も近いところだ。 ひとりの漁師が投網を打っていた。
「よいしょ、 こらしょ」 漁師は、 重い網を引き上げた。 ピチピチと魚がはねている。 と、 魚の銀鱗とはちがう、 きらきら金色に輝くものがある。
「やや、 こりゃ、 小さいが金の観音様じゃねぇか」 漁師は、びっくりぎょうてん。
すぐにもって帰り、 近くの寺の坊さんにみせた。
「なんと、 これはありがたいことだ。 きっと観音様が、 ここに祭ってほしいと網に かかったにそういない。 ありがたい、 ありがたい」
賭けに負けた男が沢に投げこんだ観音様は、 流れ流れて浅草で拾われたのだという。
それが、 浅草寺の守り本尊、 1寸8分の金の観音様だそうである。