Ome navi
Aoume
  • 更新日 2011年10月20日
  • 濡れる掛け軸ぬれるかけじく

    山道を登るにつれて、深い杉林と雑木林(ゾウキバヤシ)。  山頂にいたって、高水山(タカミズサン)は聖地(セイチ)となる。  うっそうとした大樹のかげに常福院(ジョウフクイン)不動堂がある。

    ある年の四月七日の夜のことである。  明日は、獅子舞の祭りが行われるので住職は山頂の庫裡(クリ)に泊まり込んだ。  境内の清掃、護摩(ゴマ)の準備、その他いろいろ、いそがしい一日であった。

    夜もふけて、そろそろ休もうとふと後ろの襖(フスマ)を見ると、そこに掛けてある掛け軸の上のほうがじっとりと濡れていた。  ほかの掛け軸に異常はなかった。  観音菩薩の絵のわきの掛け軸だけ濡れているのである。

    雨はふっていないし、雨漏(アマモ)りではない。  ネズミの小便にしては、濡れかたがおかしい。  上部十センチほどが平均に濡れているのである。

    その掛け軸は、住職自ら、「深山幽谷燃紅(シンザンユウコククレナイニモユル)」と、墨くろぐろとしたためたものであった。  不審におもったが、そのままにしておくのも気掛かりなので、そばにあった火鉢(ヒバチ)で乾(カワ)かし、また掛けておいた。

    次の朝、掛け軸を見ると昨夜と同じように濡れているではないか。  ほかの掛け軸は濡れていない。  また乾かした。

    そんなことが何度も続いているうちに掛け軸の木の枠(ワク)のノリが湿気ではがれてしまった。  しかたなく、その掛け軸はとりはずしてしまったそうである。