仙元峠(センゲントウゲ)の近くに 「いっぱい水」 とよばれる水場がある。 岩のあいだからしみ出した水がたまった、ほんの小さな水場である。
むかしここは、秩父から甲州にぬける甲斐絹(カイキヌ)の交易(コウエキ)の道であった。 また、富士信仰の道者(ドウジャ)が通った道でもあった。
長く険(ケワ)しい山道を、絹を背負った商人(アキンド)や富士浅間参りの道者たちが行き来し、この水場でほっと一息ついてのどを潤(ウルオ)した。
秩父から険しい道を登ってきた道者たちが、ここにいたってはじめて真正面に富士の姿を見ることができる場所でもあった。
頂近くにある清らかな水場は、人びとに天の恵みと思われたことだろう。 商人たちは、いっぱいの水で商いの成功をおもい、道者たちは心と体を清めてからはるか西にそびえる富士に向かって手をあわせた。
小さな水場は、そんな人びとの心にも似ている。