むかし、雨がそぼふる馬引沢を、数頭の荷駄(ニダ)が大久野方面からのぼってきた。 荷駄は、ほかに数人の侍(サムライ)が警護(ケイゴ)してした。
雨は、何日もふりつづいていたので、道は荒れ、いたるところに水がふきだしていた。
荷は重く、侍も人夫もへとへとに疲れていた。 二度、三度とぬかるみに足をとられ、そのたびに人も、馬も力をふりしぼった。
すこしのぼると、こんどは道がくずれ、荷駄をのみこまんばかり。 まさに、泥まみれの道中であった。
峠にさしかかったとき、あたりはうっすらと夕やみがせまっていた。
もうひと息で頂を越せるというとき、道に深い裂け目ができていて、にっちもさっちもいかなくなった。
侍たちは、しかたなく人夫に荷をおろすように命じた。 どこか適当な場所に、ひとまず荷をかくし、天気の回復を待って出なおそうという相談が、密かにまとめられた。
人夫をせかせ、道からすこし入ったやぶの中に穴を掘らせ、つぎつぎと荷を埋めた。
雨は、ようしゃなくふりつづいている。
さいわい人通りもなく作業はおわった。
だが、人夫たちがほっとしたのもつかの間、侍たちは、いきなり刀をぬくと人夫たちに斬りかかった。 武器も持たない人夫たちは、あっというまに全員斬り殺されてしまった。
荷の秘密がもれるのを恐れたのだ。
その上、侍たちのだれからともなく、お互いに斬りあいまではじまった。 侍たちは、今埋めたばかりの荷をひとりじめしたくなったのだ。 荷の中身は、金貨や銀貨であったという。
やぶの中には、地獄絵(ジゴクエ)のようなありさまとなった。 傷つき、死に、そして、かろうじてひとり生き残った侍も重傷を負っていた。
一夜明け、里人に助けられた侍は、故郷へ帰って行った。
何年かすぎた。
ひとり生き残った侍は、傷をなおし、従者(ジュウシャ)をつれて馬引沢峠へとやってきた。
今日こそ数年前に埋めた宝をひとりじめできると、内心(ナイシン)ほくそえみながら・・・・。
ところが、歳月(サイゲツ)は、侍の思いどおりにはさせてくれなかった。
かつて、修羅場(シュラバ)と化したやぶも、金銀を埋めた林の中も、草がおい繁(シゲ)り、どこがどこだかわからなくなっていたのだ。
雨中、一度とおっただけの道。 侍は、記憶をたよりに、なんども場所をかえて掘ってみたが、ついに見つからなかった。
死んだ人たちの霊が、探させなかったのか、あまりみにくい人間の相克(ソイコク)を見ていた草木の精が、かくしてしまったのか・・・・・。
いずれも、明確なものではない。
と、している。